安息日の礼拝  創世記の真相

創世記14章




14:1
-12
 シンアルの王アムラフェル、エラサルの王アルヨク、エラムの王ケドルラオメル、ゴイムの王ティドアルが、ソドムの王ベラ、ゴモラの王ビルシャ、アドマの王シンアブ、ツェボイムの王シェムエベル、ベラ、すなわちツォアルの王と戦ったとき、これら五人の王は皆、シディムの民、すなわち潮の海で同盟を結んだ。彼らは十二年間ケドルラオメルに支配されていたが、十三年目に背いたのである。
 十四年目に、ケドルラオメルとその見方の王たちが来て、アシュテロト・カルナイムでレファイム人を、ハムでズジム人を、シャベ・キルヤタイムでエミム人を、セイルの山地でフリ人を撃ち、荒野に近いエル・パランまで進んだ。彼らは転進して、エン・ミシュバト、すなわちカデシュに向かい、アマレク人の全領土とハツェツォン・タマルに住むアモリ人を撃った。そこで、ソドムの王、ゴモラの王、アドマの王、ツェボイムの王、ベラすなわちツォアルの王は兵を繰り出し、シディムの谷で彼らと戦おうと陣を敷いた。エラムの王ケドルラオメル、ゴイムの王ティドアル、シンアルの王アムラフェル、エラサルの王アルヨクの四人の王に対して、これら五人の王が戦いを挑んだのである。
 シディムの谷には至るところに天然アスファルトの穴があった。ソドムとゴモラの王は逃げるとき、その穴に落ちた。残りの王は山に逃れた。ソドムとゴモラの財産や食糧はすべて奪い去られ、ソドムに住んでいたアブラムの甥ロトも、財産もろとも連れ去られた。


 簡単に言いますと、シンアル・エラサル・エラム・ゴイムは東軍(メソポタミヤ同盟)、ソドム・ゴモラ・アドマ・ツェボイムは西軍(カナン同盟)です。12年間バラバラだった西軍は、東軍のケドルラオメル王に支配されていましたが、13年目に同盟して背いたのです。14年目にケドルラオメル王が率いる東軍が来て、各地を撃ち、カナン同盟に迫って来たので、西軍はシディムの谷で陣を敷き、彼らに戦いを挑んだのです。
 西軍の5都市はいずれも死海の周辺にあったと考えられていますが、ツォアルは一番南の端にあった小さな町でした。死海の南端付近には「ロトの聖域」と呼ばれる遺跡もあります。地域的に見てもメソポタミヤ同盟に対して、カナン同盟は狭い地域の勢力でした。ただ、死海ではピッチが生産されており、ピッチはメソポタミヤで煉瓦を積む接着剤として用いられ、造船の防水材としても使われていましたので、経済的には潤っていました。もしピッチの輸出をストップしたとしたら、メソポタミヤは困ったはずです。
 アシュテロト・カルナイムという地は、後にアシュタルトと呼ばれ(申命記1:4)、バシャン地域にありました。バシャンは現在のゴラン高原のことです。ゴラン高原は古代も現代も戦闘の要所で、メソポタミヤ軍はここを占領することに成功したということです。
 戦いはメソポタミヤ軍の勝利に終わり、カナン軍は敗走しました。ソドムとゴモラの王は逃げるとき、ピッチ(天然アスファルト)の穴に落ち、残りの王は山に逃れました。ソドムとゴモラのすべては奪われ、ソドムに住んでいたロトは、財産もろとも捕虜となってしまいました。



14:13-16
 逃げ延びた一人の男がヘブライ人アブラムのもとに来て、そのことを知らせた。アブラムは当時、アモリ人マムレの樫の木の傍らに住んでいた。マムレはエシュコルとアネルの兄弟で、彼はアブラムと同盟を結んでいた。アブラムは、親族の者が捕虜になったと聞いて、彼の家で産まれた奴隷で、訓練を受けた三百十八人を召集し、ダンまで追跡した。夜、彼と僕たちは分かれて敵を襲い、ダマスコの北のホバまで追跡した。アブラムはすべての財産を取りかえし、親族のロトとその財産、女たちやそのほかの人々も取り戻した。


 ヘブライ語原典では「逃亡者が来て、ヘブライ人アブラムに告げた。アブラムはエモリ人(アモリ人)マムレの樫の木々の中に住んでいた。マムレはエシュコルとアネルの兄弟で、彼らはアブラムとの契約の所有者たちで「良き隣人」であった。アブラムは彼の兄弟が捕虜になったことを聞いて、彼の家に生まれた者たちで、彼の訓練した者たち300と18名を引き出して、ダンまで追った。そして彼らの上に夜が(臨み)、彼と彼の僕たちは分けられ、彼らを討った。そしてダマスコの左の方(北方)のホバまで彼らを追った。彼はすべての財産を取り返し、彼の兄弟(ロトは甥だが兄弟と呼ばれている)ロトと彼の財産も、女たちも民も、取り返した。」です。

 メソポタミア同盟軍に追われて敗走したカナン軍の逃亡者がアブラムのもとに来て、そのことを知らせました。あえて「ヘブライ人アブラム」と書かれているのは、カナン同盟にとってヘブライ人アブラムは異端の民であったことを示していると同時に、そこに来てアブラムに告げたということは、アブラムの神が強い神であることが知られており、神と共にいるアブラムたちもまた強い民であることが知られていて、助けを求めると同時に、アブラムの甥ロトが捕虜になったことを知らせに来たということです。
 アブラムは、マムレの樫の木々の中に「良き隣人」として住んでおり、マムレとエシュコルとアネルの3兄弟と「アブラムの契約」を共同で締結していました。「アブラムの契約」とは、もちろんアブラムの神の契約を共にする者のことで、それゆえに彼らは「良き隣人」だったのです。
 アブラムは、ソドムに住んでいたロトがメソポタミヤ同盟軍の捕虜となったことを聞き、アブラムの家に生まれた者たちで、彼が訓練した者たち318名を率いて、ダンに向かいました。新共同訳聖書では「彼の家で生まれた奴隷」と訳されていますが、ヘブライ語原典では奴隷ではありません。また、「夜、彼と僕たちは分かれて敵を襲い、」というのも、ヘブライ語原典では「敵」と言う言葉も「襲い」という言葉もありません。ヘブライ語原典では、夜がアブラムと彼の僕たちとを2つに分け、強大でものすごい数のメソポタミヤ同盟軍(後のアッシリア)をダマスコの北方まで追いやり、ロトとその家族と民と彼の財産を取り返しました。
 わずか300人余りでこれが成功したのは、いわゆる通常の戦いでは考えられません。そういうやり方でアブラムはメソポタミア同盟軍を追いやったのではなく、神様が味方し、夜を味方につけ、知恵によって2手に分かれて相手を敗走させ、ロトたちを取り返したのです。メソポタミア同盟軍は、神様と夜と2手に分けられたアブラムたちに恐怖し、慌てふためいて蜘蛛の子を散らすように逃げたのです。アブラムはメソポタミヤ同盟軍の人々を惨殺したのでも、殲滅したのでもありません。勝利して浮かれている敵陣に闇にまぎれて2分して襲うのは、肉体の目に映るものに頼る人間の「闇に対する恐怖心」と「判断する時間を与えない」ものでした。大軍の弱点は、100人の隊はその隊長の指示で動き、1000人の隊はその隊長の指示で動き、最終的には軍のトップの指示がなければ動けないことです。特に夜は、勝手に動いてしまうと誰が敵で誰が味方かも分からなくなってしまいます。メソポタミア同盟軍は、おそらく味方の動きにさえ恐怖したことでしょう。
 アブラムは「徒党を組む」人間たちの心理を見抜いていたのでしょう。「悪党」という言葉はあっても「善党」という言葉はありません。善は徒党を組まないのです。アブラムのそうした知恵に、神様と自然が味方につているのですから、いかなる大軍でも勝ち目はありません。

 ロトは、ソドムの繁栄に目を引き付けられ、神様よりも世(ソドム)に信頼しましたが、やがてメソポタミヤ同盟軍が攻めてきて、ロトと家族たちは捕虜となったのです。これが、ロトが世(ソドム)を頼った結果です。
 ロトは最初は、伯父アブラムとサライと神様との契約に同意して、共にカルデア(バビロン)を出発し、旅立った者でした。ロトはこのとき、大いなる決断(選択)をして神様の御心に人生を委ねて歩み始めたのです。つまり、ロトはアブラムとサライと共に神様に向かって歩み始めた者でした。
 ところが、目的地カナンを目前にし、重荷を降ろして安心した途端に、世(ソドム)に目を引き付けられ、「住民は邪悪で主に対して多くの罪を犯していた」と知られていた世(ソドム)を自ら選択して、そこを自分と家族の住みかとしてしまいました。これもロトの大きな決断(選択)でした。ロトは、主に対して多くの罪を犯していた、肥沃で潤っている場所を選んだのです。これでは何のためにバビロンを捨てて神様に向かって旅路を歩んできたのか分かりません。しかしロトは、自分の目が引き付けられたソドムが、自分にとっても、家族にとっても『肥沃で潤う場所』に見えたのです。
 そして、メソポタミア同盟軍が攻めて来ました。ロトとその家族は逃げる間もなく捕虜になりました。ロトの自業自得の結果ですが、アブラムはロトが捕虜になったことを聞いて即座に救出に向かいました。それは敵への憎しみでもなく、自分の利益のためでもなく、アブラムがロトとその家族を憐れんでの命がけの行動でした。



14:17-20
 アブラムがケドルラオメルとその味方の王たちを打ち破って帰って来たとき、ソドムの王はシャベの谷、すなわち王の谷まで彼を出迎えた。いと高き神の祭司であったサレムの王メルキゼデクも、パンとぶどう酒を持ってきた。彼はアブラムを祝福して言った。「天地の造り主、いと高き神に アブラムは祝福されますように。敵をあなたの手に渡されたいと高き神がたたえられますように。」 アブラムはすべての物の十分の一を彼に贈った。


 ヘブライ語原典では「アブラムがケドルラオメルと彼と共にいた王たちを討つことから帰った後で、ソドムの王がシャベの谷(それは王の谷)に向かって、彼に向かって出て行った。しかし、サレムの王メルキゼデクは、パンとぶどう酒を取り出した。彼は、いと高き神の祭司であった。彼はアブラムを祝福した。そして言った。『ほむべきかなアブラムは、天と地を所有する者である【いと高き神】の、祝福された者。また、いと高き神はほむべきかな。彼は、あなたの手にあなたの敵を引き渡した。』アブラムは彼に、すべての中から十分の一を与えた。」です。

 メソポタミヤ同盟軍に襲われた時、ソドムとゴモラの王は、町を建設するために用い、他国との取引商材にして経済を豊かにしていた源泉であった、天然のアスファルトの穴に落ちました。それは、あたかも天然の石油を取引商材にして自国の経済を豊かにしたり、他国と争ったりしている、現代社会と何も変わりません。もとはといえば石油にしても、金にしても神様が用意したものを、堕落した人間が勝手に利用し、勝手に豊かさを謳歌して人類文明の進歩だと思い上がってみたり、貧富の差を生み出したり、欲にかられて戦争したりして、勝手に幸福だ、不幸だと、騒いでいるようなものです。神様が与えて下さらなければ今日を生きることもできない塵のような身の上の現実を、直視できていない盲人のようなものです。
 どこの国の運命も、このソドムの運命と大差はありません。ソドムの王が、メソポタミア同盟軍に追われてアスファルトの穴に落ちたことは象徴的です。そして、そのソドムの王が、メソポタミア同盟軍を追いやったアブラムのところに出向くのも、何とも「この世的」です。

 さて、ここにサレムの王メルキゼデクという人が登場します。サレムはカナン人の土地でした。するとサレムの王メルキゼデクはカナン人なのでしょうか。
 サレムとは「シャローム」で平安のことです。メルキは「私の王」、ゼデクは「義」という意味です。「サレムの王」とは単に地名としてのサレムの王というだけでなく、平和の王であることを示し、またメルキゼデクは義の王でもあったということです。そして、王であると同時に「いと高き神の祭司」でもありました。
 このメルキゼデクはアブラムを祝福し、アブラムはメルキゼデクにすべての中から十分の一を与えています。つまり、神様がすべての人の中から選んだアブラムよりも、メルキゼデクは上位にある人物なのです。そのような人物とは、いったい誰なのでしょうか。
 ユダヤ教では、メルキゼデクはノアの子セムであると考えるのが通説となっています。セムは500年以上生きましたので、アブラムの時代にも存命中でした。そのため、メルキゼデクはセムであったという説が考えられました。その場合、メルキゼデクというのは名前ではなく、「義の王」セムという意味ということになります。
 メルキゼデクについて、もう一つ重要な事を書いている資料があります。『スラブ語エノク書』です。そこには、こう書かれています。

「エノクが天に上げられて、エノクの息子メトセラが祭司になり、メトセラが死んで、レメクの息子ニルが祭司になった。ニルはノアの弟である。
 メルキゼデクは祭司であるニルの妻の子である。祭司ニルの妻ソフォニムは石女(うまずめ。子を産まない女性のこと)であった。
 ある時、ソフォニムが妊娠した。ニルは、その父メトセラから民族の祭司の職を引き継いだ時以来、一度もソフォニムと寝たことがなかった。ソフォニムにも身に覚えがなかった。ソフォニムは、妊娠が発覚した日に、不倫を疑うニルになじられている最中に、突然亡くなった。
 ソフォニムの亡骸を埋めるために墓を掘りに出た時に、その亡骸から赤ん坊が出てきて、いきなり、主をほめたたえる言葉を語った。
 ノアとニルは、その様子を見てひどく恐れたが、その身体には祭司の印があり、栄えある姿をしていたことから、その子供を洗って祭司の服を着せ、メルキゼデクと名付けた。」

 これを読んで、イエス様の誕生の話と似ていると思われる人も多いかと思います。しかも、メルキゼデクはアブラムに「パンとぶどう酒」を取り出したのです。このことも、イエス様との共通点です。新共同訳聖書では「いと高き神の祭司であったサレムの王メルキゼデクも」と、メルキゼデクがソドムの王と同じようにパンとぶどう酒を持って来たかのような訳し方をしていますが、ヘブライ語原典では「しかし、サレムの王メルキゼデクは、パンとぶどう酒を取り出した。」です。この「しかし」は、メルキゼデクが取り出した「パンとぶどう酒」は、ソドムの王がしたこととは異なる正反対の意味を持つことを強調しているのです。
 アブラムは多くの財産を持っていましたから、「パンとぶどう酒」に飢えていたはずがありません。メルキゼデクが取り出した「パンとぶどう酒」は、単に食べ物としてのパンとぶどう酒をアブラムに渡したのではないのです。メルキゼデクが取り出した「パンとぶどう酒」、それはイエス様の肉と、イエス様の血です。メルキゼデクはそのことを分かってアブラムに与えた人物だったということです。
 イエス様の肉と、イエス様の血を、アブラムに与えるような人物。そう考えると、メルキゼデクはイエス様ご自身であったことも考えられるのです。「メルキゼデクがイエス様だとしたら、その時のメルキゼデクは肉体を持っていたか、いなかったか」と考えるのはナンセンスです。なぜなら当時の人間は、それ以降の人間ほどには堕落の度合いが進んでいなかったので、たとえ悪人であっても「御使い」が見えたからです。メルキゼデクがもし肉体を持っていないイエス様だったとしても、姿が見えたとしても不思議はありませんし、御使いが肉体の姿で現れることもできたように、イエス様も肉体のよなものを帯びて現れた可能性もあります(実際、アブラムもロトも、ソドムの悪人たちでさえも、ソドムにやってきた御使いが見えていたのです。このことは創世記19章やその他の箇所にも出てきます)。
 メルキゼデクがエノクの子孫であったとしても、セムであったとしても、イエス様であったとしても、いずれも不思議はありません。メルキゼデクとは何者なのかが重要なのではありません。メルキゼデクが「パンとぶどう酒を取り出した」ことこそが重要なのです。
 メルキゼデクがアブラムに取り出した「パンとぶどう酒」、イエス様の肉と血は、いかなる財産を出しても買うことができないものです。そしてアブラムにはその価値が分かりました。だからこそアブラムは、全財産の十分の一をメルキゼデクに贈ったのです。新約聖書の『ヘブライ人への手紙』にもメルキゼデクのことが引用されているのですが、それには多くの誤りがあります。『ヘブライ人への手紙』ではアブラムが王たちを滅ぼしたと書かれていますがアブラムは王たちを滅ぼしていませんし、アブラムが戦利品の中から十分の一を捧げたと書かれていますが、アブラムは戦利品を何も取っていませんので、自身の財産から十分の一を捧げたのです。
 アブラムは自身も神様の祭壇を築いている祭司です。ノアも祭司服を身につけていましたし、祝福を受け継いだセムもそうだったでしょう。アブラムはそれを受け継いでいました。後にモーセの時代に、モーセの兄弟アロンの子孫たちが代々に祭司職を受け継いでいきますが、メルキゼデクはそういう祭司とは次元が異なる祭司なのです。「いと高き神の祭司」とはそういう意味です。祭司でもあるアブラムを祝福する「いと高き神の祭司」であり、アブラムに「パンとぶどう酒」を取り出す祭司であり、アブラムから十分の一を受け取る祭司なのです。
 メルキゼデクについて、後にダビデはこう言っています。

「わが主(誕生される前の御子イエス様)に賜った主(父なる神様)の御言葉。
『わたしの右の座に就くがよい。
 わたしはあなたの敵をあなたの足台としよう。』
 主はあなたの力ある杖をシオンから伸ばされる。
 敵のただ中で支配せよ。
 あなたの民は進んであなたを迎える
 聖なる方の輝きを帯びてあなたの力が現れ
 曙の胎から若さの露があなたに降るとき。
 主は誓い、思い返されることはない。
『わたしの言葉に従って
 あなたはとこしえの祭司メルキゼデク(わたしの正しい王)。』」
                        (詩編110:1-4)

 詩編でダビデは、イエス様とメルキゼデクを同一視しています。そして、ダビデが教えてくれているのは、メルキゼデクというのは名前ではなく称号であるということです。そして「とこしえの祭司」。ダビデが書いているのはダビデ自身から出た言葉ではなく、主なる神が主なる御子(イエス様)に語っている言葉で、それは預言です。だとしたら、メルキゼデクはイエス様であった可能性が高いと言えるでしょう。そして、おそらく「サレムの王」というのは、サレムという地名の王のことではなく「平和の王」という意味なのです。「平和の王、義の王、いと高き神の祭司、とこしえの祭司、メルキゼデク」がアブラムに「パンとぶどう酒」を取り出した。そしてアブラムはすべての財産の十分の一を捧げた。そういうことです。
 このことを踏まえて『ヨハネの福音書』8:56-58を読んでみてほしいのです。

「『あなたたちの父アブラハムは、わたしの日を見るのを楽しみにしていた。そして、それを見て、喜んだのである。』 ユダヤ人たちが、『あなたは、まだ50歳にもならないのに、アブラハムを見たのか』と言うと、イエスは言われた。『はっきり言っておく。アブラハムが生まれる前から、【わたしはある。】」

 メルキゼデクがイエス様だったならば、アブラムに「パンとぶどう酒」を取り出したメルキゼデクは、自分が救世主として地上に来て、このようにして『パンとぶどう酒(イエス様の肉と血)』を取り出して人々に与える日が来ることをアブラムに告げ、アブラムはそれを聞いて楽しみにしていたのではないでしょうか。ただ、この段階ではアブラムは、まさか自分の子孫にイエス様が生まれることは知らなかったと思います。アブラムには子供がいなかったからです。アブラムと妻サライは、後に「3人の人」から息子の誕生を告げられます。「3人の人」はその足でソドムに向かい、ソドムは滅び、イサクが誕生します。アブラムはその際に息子イサクと嫁リベカの子孫にイエス様が誕生することを幻で見せられたか、あるいはイサクに嫁リベカを探しに行かせる際に幻を見せられたのだと思われます(アブラムは息子イサクの嫁となる女性が誰なのかを神様から知らされて知っていたからです)。
 アブラムが息子イサクを神様に捧げた場所(モリヤ山)を、畏怖心を込めて「イェラエ(畏怖。主の山に備えあり)」と名付け、メルキゼデクは「サレム」と名付けていたので、この2つが合わさって「エルサレム」となったと言われています。



14:21-24
 ソドムの王はアブラムに、「人はわたしにお返しください。しかし、財産はお取りください。」と言ったが、アブラムはソドムの王に言った。「わたしは、天地の造り主、いと高き神、主に手を上げて誓います。あなたの物は、たとえ糸一筋、靴ひも一本でも、決していただきません。『アブラムを裕福にしたのは、このわたしだ』と、あなたに言われたくありません。わたしは何も要りません。ただ、若い者たちが食べたものと、わたしと共に戦った人々、すなわち、アネルとエシュルコフとマムレの分は別です。彼らには分け前を取らせてください。」

 ヘブライ語原典では「ソドムの王はアブラムに言った。『私に魂を与えよ。そして財産を、あなたのために取れ。』しかしアブラムはソドムの王に向かって言った。『私は私の手を、天地を所有される【いと高き主なる神】に向かって上げた。あなたに属するすべての中から、ひもから靴の靴ひもまで、決してわたしが取ることはしない。だからあなたは『アブラムをこの私が富ませた』などと言うな。私抜きに若者たちが食べたものだけ、そして私と共に行った人々、アネルとエシュコルとマムレ、彼らの分け前を彼らは取るであろう。」です。

 アブラムと、アネルとエシュコルとマムレたちが、メソポタミア同盟軍を恐れさせて、彼らがあわてて逃げて行ったので、ソドムの町にはメソポタミア同盟軍が残していった財産が、そのまま残っていました。その財産は、当然ながら、敵を追い払ったアブラムと、アネルとエシュコルとマムレたちの戦利品です。ところがソドムの王は狡猾にも、財産はあげるから、人は返してくれと言ったのです。よく注意して読まないと、その辺りのことが分かりません。世に属する者たちの狡猾さは、言葉を労して欺くことに表われます。
 アブラムは、ソドムの王の狡猾さをすぐに察知して、世に属する者たちとの次元の違いを見せつけます。アブラムは、ソドムの財産も、人も、自分のものにするつもりなど、ありません。それが当然の資格であるのに、そんなものに関心がないからです。ですからアブラムは、ソドムに属するものは「あなたに属する」と言い、その上で「ひもから靴の靴ひもまで、決してわたしが取ることはしない。」と言ったのです。この言葉には、世に属する者が財産に固執することの「みっともなさ」への軽蔑も含まれています。
 ただ、アブラムはそうでも、アネルとエシュコルとマムレたちは別です。アブラムはロトとその家族たちを取り返すためにしたことですが、アネルとエシュコルとマムレたちは命がけでメソポタミア同盟軍を追いやったことに対する報酬が、当然あってしかるべきです。ですから、彼らは分け前を取るであろう、と言ったのです。実際は、ソドムの王には何の権利もないのです。(彼は天然アスファルトの穴に落ちていたのですから。)
 ただ、ここで、こういう考えが浮かぶかも知れません。アブラムはせっかくメソポタミア同盟軍を追いやり、ソドムやゴモラやカナン軍も敗走していたのだから、カナン全域をアブラムはなぜ支配しなかったのか、と。実際、キリスト教会はこういう考えでローマを自分のものにし、地上にキリストの国が出来たと考えました。そのキリストの地上の国は、自分たちの教えと少しでも異なる意見を言う者たちを異端と呼んで殺戮しまくり、エルサレムに十字軍を送って聖都を血で染め、女たちを奴隷にして姦淫し、戦争を繰り返しました。それがキリストの国なら、ソドム・ゴモラと何が違うでしょうか。
 アブラムは違いました。確かにアブラムは、メソポタミヤ同盟軍を追い払ったカナン地域を一挙に掌握できる立場にいました。しかし、アブラムにとって軍事力で国々を掌握することは、かつてのニムロドがしたことや、メソポタミア同盟軍やカナン同盟軍がしていることと同じに過ぎませんでした。 また、アブラムの目的はロトとその家族の救出であって、その目的を神様が果たさせてくださったことを理解していました。ということは、今回の目的はあくまでもロトとその家族の救出であって、神様がその目的を果たさせてくださったということなのです。アブラムにとっては。そして何よりも、その地は既に神様がアブラムとその子孫たちに与えた地でした。何もしなくてもアブラムと子孫たちに与えられた地なのです。そこに勝手にソドムやゴモラやカナン人たちが居座っているに過ぎなかったのです。
 この視点から、アブラムのソドムの王に対する言動をあらためて見直してみると、よりよく理解することができます。アブラムには、ソドムの王の財産など、どうでもいいのです。神様から与えられたカナンの地の所有者はアブラムだからです。
 神様と共にいるアブラムには、誰も勝てません。メソポタミヤ同盟軍が人間の目にはどんなに強大に見えても、アブラムひとりに勝てないのです。神様に信頼している人は、敵と闘う必要がありません。神様が闘われるからです。聖書に次のように記されています。

「主があなたたちのために戦われる。あなたたちは静かにしていなさい。」(出エジプト14:14)

 しかし、ロトの目には、そのような神には見えず、思いもしなかったのです。あるいはパウロのように、心は神様を慕っていても体の欲望が罪を慕ったとも言えます。ロトは神様よりもソドムに信頼しました。しかしソドムは頼るべき何ものでもありませんでした。メソポタミア同盟軍に襲われ、ロトは捕虜となり、絶望がロトの報いでした。しかしアブラムはロトとその家族を命がけで救出しました。メソポタミア同盟軍を追いやったアブラムは、ソドム、ゴモラだけでなくカナン全域を支配することも可能でした。しかし、神様に背く人々や堕落した町を支配することに、何の意味もがないことをアブラムは知っていました。




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