安息日の礼拝  創世記の真相

創世記31章
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31:1-3
 
ヤコブは、ラバンの息子たちが、「ヤコブは我々の父のものを全部奪ってしまった。父のものをごまかして、あの富を築き上げたのだ」と言っているのを耳にした。また、ラバンの態度を見ると、確かに以前とは変わっていた。主はヤコブに言われた。「あなたは、あなたの故郷である先祖の土地に帰りなさい。わたしはあなたと共にいる。」

 ヘブライ語原典では「ヤコブは、ラバンの息子たちが『ヤコブが、私たちの父に属するすべてを、そして父が作ったこのすべての栄光を、取った』と言う言葉を聞いた。そしてヤコブは、ラバンの顔を見た。すると見よ、彼はヤコブと共にいた一昨日、昨日のようではない。そして主はヤコブに言った。『あなたの父祖たちの地に帰れ。あなたの生まれ故郷へ。わたしはあなたと共にいる』。」です。

 ラバンの息子たちは、自分たちが父ラバンから預かった家畜たちが繁殖するどころか、弱くて繁殖せず財産を失い、ヤコブの家畜だけが繁殖して財産を増やしていくのを見て、「ヤコブが、私たちの父に属するすべてを、そして父が作ったこのすべての栄光を、取った」と偽証し、責任転嫁して自己正当化をはかりました。
 ヤコブは、それを耳にし、またラバンの顔を見ると昨日までとは打って変わっていたのを見ました。主なる神様はヤコブに、「あなたの父祖たちの地に帰れ。あなたの生まれ故郷へ。わたしはあなたと共にいる」と告げられました。
 ヤコブが、ラバンの息子たちの話を聞いたのは偶然ではありません。神様がそれを聞かせたのであり、またヤコブが普段から自分の目と耳を開いていることを怠っていなかったからこそ、神様がそれを聞かせ、気付かせるように導かれたのです。そして、ヤコブも気づくことができたのです。
 ヤコブはラバンの息子たちの話を聞いて、ラバンの顔が昨日までとは変わっていることにも気付きました。つまり、ラバンと息子たちは何か善からぬことを企んでいたのです。
 神様は、ヤコブにそのことに気付かせ、「あなたの父祖たちの地に帰れ。あなたの生まれ故郷へ。わたしはあなたと共にいる」と言われたのです。
 普段から自分の目と耳を開いていない人は、人の悪だくみに気付くことなく、罠にかかってしまいます。そうなってから、あいつが悪い、こいつが悪いと言っても、後の祭りです。また、そういう人が神様に何かを言われたとしても、言われていることの意味を理解することができませんから、行動しません。そのため、神様の助けも受けることができないのです。
 ただ、神様がヤコブに故郷に帰れと言われたのは、これが初めてではありません。神様は、もっと前に、ヤコブに故郷に帰れと言われていたのです。そのことが、次のヤコブの言葉によって明らかになります。



31:4-13
 ヤコブは人をやって、ラケルとレアを家畜の群れがいる野原に呼び寄せて、言った。「最近、気づいたのだが、あなたたちのお父さんは、わたしに対して以前とは態度が変わった。しかし、わたしの父の神は、ずっとわたしと共にいてくださった。あなたたちも知っているように、わたしは全力を尽くしてあなたたちのお父さんのもとで働いてきたのに、わたしをだまして、わたしの報酬を十回も変えた。しかし、神はわたしに害を加えることをお許しにならなかった。お父さんが、『ぶちのものがお前の報酬だ』と言えば、群れはみなぶちのものを産むし、『縞のものがお前の報酬だ』と言えば、群れはみな縞のものを産んだ。神はあなたたちのお父さんの家畜を取り上げて、わたしにお与えになったのだ。
 群れの発情期のころのことだが、夢の中でわたしが目を上げて見ると、雄山羊の群れとつがっている雄山羊は縞とぶちとまだらのものばかりだった。そのとき、夢の中で神の御使いが、『ヤコブよ』と言われたので、『はい』と答えると、こう言われた。『目を上げてみなさい。雌山羊の群れとつがっている雄山羊はみな、縞とぶちとまだらのものだけだ。ラバンのあなたに対する仕打ちは、すべてわたしにはわかっている。わたしはベテルの神である。かつてあなたは、そこに記念碑を立てて油を注ぎ、わたしに誓願を立てたではないか。さあ、今すぐこの土地を出て、あなたの故郷に帰りなさい。』」


 ヘブライ語原典では「そしてヤコブは、遣いを遣わして、ラケルとレアを彼の羊の群れの所である、その野に呼んだ。そしてヤコブは、彼女たちに言った。『私は、あなた方の父の顔を、私に対して一昨日、昨日のようではないと見た。しかし、私の父の神が私と共にいた。そして、あなた方も知っている、私の力のすべてで私があなた方の父に仕えたことを。しかし、あなた方の父は、私を騙した。そして、私の報酬を10回も取り変えた。しかし、神は彼に、私に害を及ぼすのを許さなかった。ラバンが、斑点のものがあなたの報酬となると言えば、すべての羊の群れは斑点のものを産んだ。ラバンが、縞のものがあなたの報酬になると言えば、すべての羊の群れは縞のものを産んだ。そして神は、あなた方の父の家畜を取り上げ、そして私に与えた。その群れが発情する時であった。私は私の目を上げた。そして夢の中で見た。そして見よ、雄山羊たちが縞と斑点とまだらの群れの上に乗って交尾していた。そして神の天使が私に、夢の中で【ヤコブよ】と言った。私は【私はここに】と言った。すると彼は言った。【さあ、あなたの目を上げよ。そして見よ。すべての雄山羊たちが縞と斑点とまだらの群れの上に乗っている。なぜなら私は、ラバンがあなたに行っているすべてのことを見たからだ。私は、あなたがそこで記念碑を立て、油を注ぎ、あなたが私に誓約を立てたベテルの神である。今、立て、この地から出よ。そして、あなたの生まれ故郷の地に帰れ】と。」です。

 ヤコブは、ラケルとレアを野に呼び出して、彼女たちの父ラバンの不当な仕打ちについて話し、ラバンが自分に与えた縞と斑点とまだらの家畜たちが繁殖した理由を打ち明け、神様がこの地を出て故郷に帰れと言われたことを話しました。
 ヤコブが、ラバンに与えられた縞と斑点とまだらの家畜たちを繁殖させることができたのは、ラバンがヤコブに対してしていることを見た神様が、ヤコブのためにされたことだったのです。
 そして、この夢をヤコブが見た時点で、神様はすでにヤコブに、故郷に帰れと言っておられたのです。
 ヤコブがラケルとレアに対して、このようなことをいちいち言わなくても、ラケルとレアは、ヤコブに神様が共におられるからそうなったことを知っていたでしょう。しかし、それでもあえてヤコブがこう言ったのは、ラケルとレアにも父ラバンと息子たちの企みの手が伸びている可能性があったからです。だから、ヤコブはきちんと説明したのです。そしてラケルとレアに、父の家を選ぶのか、自分と神を選ぶのか、選択することを求めたのです。



31:14-21
 ラケルとレアはヤコブに答えた。「父の家に、わたしたちへの嗣業の割り当て分がまだあるでしょうか。わたしたちはもう、父に取って他人と同じではありませんか。父はわたしたちを売って、しかもそのお金を使い果たしてしまったのです。神様が父から取りあげられた財産は、確かに全部わたしたちと子供たちのものです。ですから、どうか今すぐ、神様があなたに告げられたとおりになさってください。」
 ヤコブは直ちに、子供たちと妻たちをらくだに載せ、パダン・アラムで得たすべての財産である家畜を駆り立てて、父イサクのいるカナン地方へ向かって出発した。そのとき、ラバンは羊の毛を狩りに出かけていたので、ラケルは父の家の守り神の像を盗んだ。
 ヤコブもアラム人ラバンを欺いて、自分が逃げ去ることを悟られないようにした。ヤコブはこうして、すべての財産を持って逃げ出し、川を渡りギレアドの山地に向かった。

 
ヘブライ語原典では「ラケルとレアは答えて、彼に言った。『まだ私たちの分け前が、そして私たちの父の家に嗣業があるでしょうか。私たちは父にとって、よそ者と思われたのではないでしょうか。なぜなら、彼は私たちを売りました。そして消費しました。さらに私たちのお金を消費するでしょう。まことに、神が私たちの父から取りあげたすべての富は、私たちと私たちの息子たちのものです。だから今、神があなたに言ったすべてを行ってください』。そしてヤコブは、彼の息子たちと彼の妻たちをラクダたちに乗せた。そして彼は、彼がパダン・アラムで手に入れた彼の財産であり所有物であるすべての家畜を導いて、彼の父イサクのいるカナンの地に向かって行くために立ち上がった。ラバンは、彼の羊の群れの毛を刈るために行った。そしてラケルは、彼女の父のものであるテラフィムを盗んだ。そしてヤコブは、アラム人ラバンの心を盗んだ。ヤコブが逃げることをラバンに告げないということで。そして、ヤコブとヤコブに属するところのすべては逃げた。そしてヤコブは、その川を渡り、彼の顔をギレアド山に向けて、立ち上がった。」です。

 ラケルとレアは、ヤコブにこう答えました。「まだ私たちの分け前が、そして私たちの父の家に嗣業があるでしょうか。私たちは父にとって、よそ者と思われたのではないでしょうか。なぜなら、彼は私たちを売りました。そして消費しました。さらに私たちのお金を消費するでしょう。まことに、神が私たちの父から取りあげたすべての富は、私たちと私たちの息子たちのものです。だから今、神があなたに言ったすべてを行ってください」と。
 ラケルとレアにとって父ラバンは、娘たちを売り物にして自分の財産を増やすことしか考えていない父であり、娘に対する愛情のかけらもない父でした。しかも、娘たちに分け与える財産などなくなっているし、娘たちを奴隷のように消費するだけであり、そのような父の所に残っている意味はない、とラケルとレアは言いました。そして、自分たちは神様がされたことをこの目で見た証人です、だから今、神があなたに言ったすべてを行ってくださいと言ったのです。
 ヤコブは、息子たちと妻たちをラクダに乗せ、パダン・アラムで得た財産のすべてを携え、カナンに向けて出発しました。ヤコブたちが出発した時、ラバンは羊の毛を刈るために出かけていて留守でした。
 そしてラケルはこの時、父ラバンのものであるテラフィムを盗みました。

 ラケルはなぜ、父ラバンの偶像を盗んだのでしょうか? 神様を信じているはずのラケルが偶像を盗んだ理由は何なのか、このことは長いあいだ謎とされてきましたが、キリスト教会では近年、その理由をこう解釈しています。
 当時のメソポタミアでは、ハムラビ法典で「テラフィムを所有している者が相続権を主張できる」とされており、ラケルはテラフィムを盗むことによりラバンの家の財産をヤコブに相続させようとしたと考えられる、というのです。
 この解釈は、キリスト教会らしい解釈です。しかしヤコブは偶像に頼ったりしませんし、ラバンの財産を相続したいとも考えてはいません。たとえラケルが、ヤコブにそのようなことを進言したとしても、ヤコブは偶像によって財産を得るようなことは拒否しますし、ラバンの財産も不要でした。なぜならヤコブには、神様が得させた十分な財産がありましたし、今後とも神様と共に歩むことこそがヤコブにとって最大の財産だったからです。
 ですから、このような解釈は当てはまりません。

 実は、ヘブライ語原典を読むと、その理由は一目瞭然なのです。新共同訳聖書では、その意味はまったく理解できません。
 ヘブライ語原典では「ラケルは彼女の父のものであるテラフィムを盗んだ。そしてヤコブは、アラム人ラバンの心を盗んだ。」と記されています。ラケルは父のテラフィムを盗み、ヤコブはアラム人ラバンの心を盗んだのです。「盗んだ」と訳されているヘブライ語のイグノヴには、「欺く」という意味もあります。
 偶像崇拝者であったラバンは、自分の娘たちの婿であるヤコブが自分の所にいるならば、その財産はすべて自分のものだと考えていました。ラバンにとって、娘の物は自分の物、娘の婿ヤコブの物も自分の物だったのです。そう思っていたのは、ラバンの心がそう思っていたのです。ラバンの心にそう思わせていたのは、偶像テラフィムであり、偶像に取り憑いている利己的な悪霊たちでした。そしてテラフィムを持っていることは、メソポタミアのハムラビ法典では財産の所有権を主張できる根拠でした。
 しかし、いくらラバンの心がすべて自分のものだと思い、ハムラビ法典が偶像の所有者を財産の所有者だと規定していようとも、事実はそうではありません。事実は、ヤコブと妻たちの財産は、神様が与えた彼らのものです。
 ラケルは、父ラバンの利己的な行いの根拠となっており、ハムラビ法典が財産の所有権を認めている、その根拠となっている偶像テラフィムを盗み出したのです。そしてヤコブは、妻たちと子供たちと自分の財産を携えて出発することによって、ラバンがすべて自分のものだと思っている、その心を盗んだのです。それが「ラケルは彼女の父のものであるテラフィムを盗んだ。そしてヤコブは、アラム人ラバンの心を盗んだ。」の意味です。
 ヤコブが、ラバンに告げずに妻と子供たちを連れ、自分の財産を携えて出発することで、すべて自分のものだと思い込んでいたラバンの心を盗んだのです。ラバンは、すべて自分のものだと思い込んでいたので、ヤコブたちが財産もろともいなくなったのを知ると、すべてを盗まれたと思うことでしょう。しかし、それらはもともとヤコブたちのものです。ですから、盗まれたのはラバンの心なのです。
 
 ラケルがもし偶像を盗み出さなかったら、どうなったでしょうか? ラバンは、自分がテラフィムを所有しているのだから自分の家で得たヤコブの財産も自分のものだと主張したに違いありません。ラケルは、それを阻止したのです。
 ラケルが偶像崇拝者でないことは、テラフィムを尻に敷いたことからも明らかです。ラケルにとって偶像は、尻に敷くほどのものでしかなかったのです。
 
 さて、ではラケルが父ラバンの偶像を盗んだことは、罪でしょうか? いいえ、偶像こそが悪であり、偶像を持っていることこそが悪なのです。ですから、ラケルがしたことは父ラバンにとって善いことでした。ヤコブや子供たちにとっても、ラバンにテラフィムを持っていることによって財産の所有権を主張されないようにしたのですから善いことでした。メソポタミアのハムラビ法典に照らし合わせれば罪だと言われるかも知れませんが、ハムラビ法典は神様が定めた法ではなく、偶像崇拝者が人々を支配するために勝手に作った偽りの法です。
 ラケルは、メソポタミアのハムラビ法典に照らして「盗んだ」という汚名を着せられることを覚悟の上で、神様の目に正しいことをしたのです。
 
 神様は、テラフィムについて預言者ゼカリヤを通して、こう言われています。

「テラフィムは空虚なことを語り、占い師は偽りを幻に見、虚偽の夢を語る。その慰めは空しい。それゆえ、人々は羊のようにさまよい、羊飼いがいないので苦しむ。」(ゼカリヤ書10:2)




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